食道発声とは
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食道発声とは
1.声帯がなくても声は出せる
喉頭がん、下咽頭がん、食道がん、甲状腺がんなどによって喉頭の全摘出手術を受けた喉頭摘出者(略して「喉摘者」)は、手術で声帯を削除し、一度は完全に声を失います。しかし、適切な方法で努力を続ければ、再び声を取り戻して家族や友人と会話を交わし、職場や社会に復帰して以前と変わらない生活が出来るのです。
2.どんな方法があるか
喉摘者が声を取り戻すために、器具を使うものや器具を使わないものなどいろいろな方法が研究されてきました。
主な発声法としては食道発声、電気喉頭による発声、咽頭形成法(シャント)による発声などがありますが、それぞれに特色があり、長所や短所もあります。
項 目 | 食道発声 |
EL発声(電気喉頭) |
シャント発声 |
簡単会話の取得期間 |
3ヶ月~6ヶ月 |
1週間~1ヶ月 |
2週間~2ヶ月 |
声の大きさ |
△~○ |
◎ |
△~○ |
音質(明瞭さ) |
○ |
△ |
○ |
抑揚性 |
◎ |
X |
◎ |
便利さ |
◎ |
△ |
△ |
体裁 |
◎ |
△ |
○ |
特殊手術 |
なし |
なし |
必要 |
メンテナンス性 |
◎ |
○ |
X (TEシャント) |
補装器具 |
不要 |
7万円/台 |
2万円/月(TEシャント) |
上記の通り多くの面で『食道発声法』が優れた方法であると言うことが出来ます。これは、ほとんど全ての喉摘者にとって、適切な練習を行うことで習得できるシンプルな発声法で余計な費用もかかりません。清潔で自然な発声に近い発声法と言えます。
3.『食道発声』とは
「食道発声」とは、まず口や鼻から食道内に空気を取り込み、その空気をうまく逆流させながら、食道入口部の粘膜のヒダを新声門として声帯の代わりに振動させて音声を発する方法です。つまり、人為的に「ゲップ」を出し、それを新しい声とする発声法で、人工の器具を使わない、あくまでも自分自身の肉声なのです。
4.ゲップが出るなら声は出る
皆さんは手術前のみでなく手術後でも、何かの拍子でゲップが出るのを幾度も経験されているはずです。
ゲップとは、飲食物と共に飲み込んだ空気や、ビールの泡などのように飲食物から出たガスが胃の中に蓄積され、それが喉を逆流する時に食道の入口部の粘膜を振動させて出る音です。 ゲップが出たことのある人なら、ちょっとしたコツを掴むことで、誰でも容易に『食道発声』による第二の声が取り戻せます。
5.発声の仕組み
下の図は、喉摘手術後(左)と手術前(健常者)(右)の咽頭部を比較したものです。違いを見比べてよくご理解ください。
◆手術前後の咽喉構造比較
★手術を受ける前は、口や鼻から肺に吸い込んだ空気を吐き出しながら喉頭の中間にある声帯を振動させて音に出していました(右の図)。そしてその音を原音として唇、歯、舌、軟口蓋、喉、鼻腔などを調音器官として使い、その組合せや形状を微妙に調節しながら母音や子音を発声し、さらに音の高低や強弱を加えて言葉にしていました。
★声帯を失った喉摘者の『食道発声』の場合は、肺呼吸の空気とは別に、食道内に空気を取り込み、それを逆流させて食道入口部粘膜のヒダを新声門とし、声帯の代わりに振動させて発声します(左の図)。この原音と呼ばれる声さえ出せたならば、手術前と同じように調音器管を使って言葉にすることが出来るのです。
6.「食道発声」習得のポイント
喉摘者の場合、前頸部に開けられた気管孔で呼吸をしている空気は、もはや発声には使えないと言うことをまず良く理解しましょう。そして、肺呼吸とは別の空気を食道へ取り込むことが、食道発声の基本であることを十分に認識しましょう。
これは、手術前には全く経験していないことなので、一見、難しそうに思えるでしょうが、実はちょっとしたコツさえつかめば誰にでも簡単に出来ることなのです。ただし、このやり方は頭で考えてもうまく行きません。自転車に乗れるようになった時のハンドル操作のように、また水泳練習で身体の浮かせ方を覚えた時のように、理屈ではなく反復練習によって身体で覚えることが肝要です。
7.食道への空気の取り込み方法
空気を食道に取り入れる方法には、呑み込み法、注入法、吸引法の三つの方法があります。
呑み込み法は食物やお茶飲むときの嚥下と同じように空気を飲み込む方法です。唇を閉じて「ゴックン」と食道内に空気を押し込みます。この方法は呑み込む動作の際に、一時的に呼吸が止まり、空気を呑み込む度に唇を閉じるので時間がかかり、会話は不自然さが生じます。
注入法は呑み込み法と同様、空気を押し込む方法ですが舌根部で口の中の空気を前から奥に瞬発的に押し込み、食道に空気を入れます。呑み込み法よりは素早く空気が入りますが、急いで入れるとグーグーと雑音が出ますので注意して練習します。
吸引法は口、鼻、また気管孔からも同時に空気を入れ、呼吸と連動して空気を吸い込みます。「呑み込み法」や「注入法」が空気を「押し込む」方法に対して、「吸引法」は空気を「吸い込む」方法です。吸引法をマスターするには腹式呼吸が大きく影響します。腹式呼吸で横隔膜が上下に動き、肺呼吸と連動した吸引法が容易になってきます。腹式呼吸で空気を吸うことで肺が広がり、横隔膜が下がり食道も広がり、空気が吸引されます。その空気を吐くことによって、食道内の空気が吐き出され「声」を作ることが出来ます。
食道発声でより自然でなめらかな声を出すには、『吸引法』が優れた方法です。従って『吸引法』は、上達の過程において身につける必要がありますが、初心者にとっては、まず『呑み込み法』から始め、『注入法』『吸引法』にとりかかかっていくのが、『食道発声』 獲得の近道と言えます。上達者の多くが注入法と吸引法をミックスして話しているようです。
8.喉の仕組みと働き
喉頭を失っていない健常者の場合、口に入れた飲食物は喉から食道を経由して胃へ、口や鼻から吸った空気は喉頭と気管を経由して肺へと自然に仕分けられていました。これは、喉頭蓋の開閉と食道入口部の締まりや緩みがうまく連動し、逆コースへは行かないように調節されているからです。
つまり、食道の入口部は、もともと出来るだけ空気を食道や胃の方へは入れないように働く仕組みになっているのです。
ところが、喉摘者は「食道発声」のために空気を食道に入れようと言うのです。中には、最初からうまく出来る人がいますが、元来、自然の条理に反したことですから、最初は誰でもなかなかうまく出来ないのが普通です。
喉と肺がつながっていない喉摘者の場合、口に含んだ空気を一気に飲み込めば、空気は食道に押し込まれる以外ない筈です。
ところが、多くの場合、健常時代の習慣が拒否反応として働き、食道へ入れようとする空気が鼻腔へ逃げてしまい、食道入口部をゆるめて空気を食道へ取り込むことが、なかなか出来ないのです。
9.『お茶のみ法』による空気注入の取得
そこで、この初期動作を自然に、しかも容易に早く習得するための手段として、『お茶のみ法』が考案されました。これは(公社)銀鈴会の故中村正司会長が、昭和50年代の後半頃から提唱されているもので、口に含んだお茶を飲みながら空気も一緒にゴックンと食道内に導入する方法です。
この「お茶のみ法」で「食道発声」の練習を始めた人たちのほとんどが、短時間または短期間で最初の原音を出すことに成功しています。原音が出るようにさえなれば、その後の練習次第でどんどん上達します。「食道発声」で第二の声を身につけ、新たな人生を切り開いて下さい。
10.食道再建手術を受けた人の場合
下咽頭がんや頸部食道がんのために喉頭摘出とともに食道の一部をも摘出し、空腸や胃管、または皮膚の一部を移植する食道再建手術(食道形成とも言う)を受けた方の場合には、少し事情が異なります。食道再建者は、再建された食道の入口部が狭くなっていないために、喉頭摘出のみの人と比べて空気の取り込みが容易に出来ると言う利点があります。しかし、その反面、入口部が広いために、振動部となる新声門の確保が難しく、原音が簡単には出にくいと言う問題があります。
食道再建者の原音発声にも「お茶のみ法」が、単純な喉摘者と同じように有効な場合もありますが、手術の内容によってはうまく行かないこともあり、このような場合には別の方法を試みる必要があります。
一般に食道再建者の場合には、前述した「吸引法」による空気の取り込みが最初の段階から簡単に出来てしまう人が多いようです。つまり、腹式呼吸で気管孔から大きく空気を吸うと、胸郭の広がりと連動して食道へも自然に空気が吸引されるからです。
ただし、食道に空気は入ったけれども新声門の振動が得にくく、原音がうまく出せないと言った事態が発生します。この場合、再建した食道の入口部を狭めて、振動部を確保する必要があります。気管孔の少し上の前頸部を指で押さえることにより新声門に狭い部分が作られ、原音が出やすくなります。この指で押さえる位置は自分なりに、いろいろ試しながら適切な場所を探し出さねばなりません。
食道内への空気の吸引は出来ているのに原音がうまく出ない食道再建者は、「お茶のみ法」だけでなく、頸部をいろいろと押さえながらお腹に力を入れて食道内の空気を逆流させ、原音を出すための押さえ具合や適当な部位を見つけ出しましょう。
(公益社団法人 銀鈴会ホームページより出典)